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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)174号 判決

イギリス国、ミドルセックス ティーダブリュ181

ディーワイ、スティンズ、ノールグリーン、ミルバンク

原告

ブリティッシューアメリカン タバコ カンパニー リミテッド

代表者

ケネス ジョン ハムソン マクリーン

訴訟代理人弁護士

岡澤英世

東京都港区虎ノ門二丁目2番1号

被告

日本たばこ産業株式会社

代表者代表取締役

水野勝

訴訟代理人弁理士

鈴江武彦

橋本良郎

斎藤洋伸

"

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実

第1  原告が求める裁判

「特許庁が平成6年審判第550号事件について平成9年2月27日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

第2  原告の主張

1  特許庁における手続の経緯

原告は、発明の名称を「紙巻きたばこ」とする特許第1776837号発明(以下「本件発明」という。)の特許権者である。なお、本件発明は、昭和61年5月14日に特許出願され(昭和61年特許願第110432号。1985年5月24日英国においてした特許出願に基づく優先権を主張)、平成3年2月18日の出願公告(平成3年特許出願公告第11757号)を経て、平成5年7月28日に特許権設定の登録がされたものである。

被告は、平成6年1月16日に本件発明の特許を無効にすることについて審判を請求した。特許庁は、これを平成6年審判第550号事件として審理し、平成9年2月27日に「特許第1776837号発明の特許を無効とする。」との審決をし、同年3月17日にその謄本を原告に送達した。なお、原告のための出訴期間として90日が付加された。

2  本件発明の特許請求の範囲1

たばこ充填材と被包紙とから成るたばこ軸部と更に該軸部と同じ幅寸法のフィルターを含む紙巻たばこであって、前記たばこ軸の円周が10mm~19mmの範囲内にあり、自由燃焼速度が25~50mg min-1の範囲内にあり、前記充填材の充填密度が 150mg/cm3~350mg/cm3の範囲内にあることを特徴とする紙巻たばこ。

3  審決の理由の要点

別紙審決書の理由写しの一部のとおり(審決における「甲第3号証」の公報を以下「引用例1」、審決における「甲第5号証」の刊行物を以下「引用例2」という。)

4  審決の取消事由

本件発明と引用例1記載の考案が審決認定の一致点及び相違点を有することは認める。しかしながら、審決は、従来技術の技術内容を誤認した結果、本件発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)審決は、引用例2の図9-4には、充填密度が259mg/cm3、円周が17.6mm~19mmの紙巻たばこの自由燃焼速度が、25~50mg/分の範囲内にあることを示すラインが具体的に記載されている旨判断している。

しかしながら、紙巻たばこの自由燃焼速度は、円周及び充填密度によって一義的に決まるものではなく、葉の種類、水分量、刻みの大きさ、添加剤等によって大きく影響を受けるものである。しかるに、引用例2の図9-4には、本件発明の要件である円周、充填密度を満たす紙巻たばこが、本件発明の要件である自由燃焼速度を示すことが記載されているにすぎず、葉の種類等は全く明らかにされていない。

したがって、引用例2に、本件発明の要件である円周、充填密度を満たす紙巻たばこが、本件発明の要件である自由燃焼速度を示すことが具体的に記載されているというのは失当である。

(2)そして、審決は、引用例1記載の紙巻たばこの自由燃焼速度として、引用例2記載の自由燃焼速度を選択することは、当業者が容易に想到しえた旨判断している。

しかしながら、本件発明の特許出願前には、本件発明の要件である円周が19mm以下の極細の紙巻たばこは、円周18mmの商品名「TEN CENT」の一種が市販されていたのみであり、しかも、この「TEN CENT」は、紙巻たばこが市場に受け入れられるための4条件(パフ(吸煙)可能数,吸煙抵抗、吸煙間のくすぶり、味覚)を満足するには遠いものであった(特に、パフ可能数は最も重要な条件であって、本件発明の特許出願前は、7.4回のパフ可能数を示す円周21.3mmが市場に受け入れられる最低値とされていた。)。このように、本件発明の特許出願当時、当業者の間では、円周が19mm以下の極細の紙巻たばこの商品化は不適切であると認識されていたのである。

したがって、引用例1及び2に接した当業者が、円周が19mm以下の極細の紙巻たばこを創案する動機付けを得ることはありえないから、本件発明が進歩性を有することは明らかというべきである。

なお、審決は、引用例2記載の式(6-6)を援用して、本件発明の紙巻たばこが従来の紙巻たばこに比べて利用効率(TUE)が優れているとしても格別の効果ということはできない旨判断している。

しかしながら、TUEという概念自体が原告の創案に係るものであるから、審決の上記判断は後知恵といわざるをえない。

第3  被告の主張

原告の主張1ないし3は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は、正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  原告は、紙巻たばこの自由燃焼速度は葉の種類、水分量、刻みの大きさ、添加剤等によって影響を受けるから、引用例2に、本件発明の要件である円周、充填密度を満たす紙巻たばこが、本件発明の要件である自由燃焼速度を示すことが具体的に記載されているとはいえない旨主張する。

しかしながら、紙巻たばこの葉の種類、水分量、刻みの大きさ、添加剤等が自由燃焼速度に影響を及ぼすことは、本件明細書の発明の詳細な説明において全く言及されていないから、原告の上記主張は、明細書の記載に基づかないものであって、失当である。

2  原告は、本件発明の特許出願当時、円周が19mm以下の極細の紙巻たばこの商品化は不適切であると認識されていた旨主張する。

しかしながら、審決認定のように引用例1には円周が15.7mmの極細の紙巻たばこが記載されているし、原告が自認するように、本件発明の特許出願前に円周18mmの「TEN CENT」が市販されていたのであるから、原告の上記主張は失当というほかはない。特に、原告は、本件発明の特許出願前は7.4回のパフ可能数を示す円周21.3mmが市場に受け入れられる最低値とされていた旨主張するが、本件発明の特許請求の範囲6には「標準吸煙条件下で吸煙回数が5~15回となっている特許請求の範囲第1項から第5項のいずれか1項記載の紙巻たばこ。」と記載されているから、原告の上記主張が事実に反することは明らかである。

なお、原告は、TUEという概念自体が原告の創案に係るものであるから、作用効果に関する審決の判断は後知恵である旨主張するが、原告の上記主張は、作用効果に関する審決の判断が誤っていることの根拠にはなりえない。

理由

第1  原告の主張1(特許庁における手続の経緯)、2(本件発明の特許請求の範囲1)及び3(審決の理由の要点)は、被告も認めるところである。

第2  甲第2号証(特許公報)によれば、本件発明の概要は次のとおりと認められる。

1  技術的課題(目的)

紙巻たばこは、着火したが喫煙しない状態のとき、緩やかな速度で燃焼(通常「くすぶり」と呼ばれる。)を継続することが必要であるが、その速度を「自由燃焼速度」という(2欄10行ないし14行)。

従来、自由燃焼を継続するために必要な熱を確保するには、毎分少なくとも約60mgのたばこを消費する必要があると考えられていたので、紙巻たばこの円周は、少なくとも約22mmとすることが必要であると考えられていた(2欄19行ないし3欄5行)。

本件発明は、円周が19mm以下でありながら、安定した自由燃焼を継続する紙巻たばこを創案することである(3欄15行ないし17行)。

2  構成

上記の目的を達成するために、本件発明はその特許請求の範囲1記載の構成を採用したものである(1欄2行ないし8行)。

3  作用効果

本件発明によれば、紙巻たばこ1本当たりの材料の必要量を大幅に減ずることが可能である(6欄15行、16行)。

第3  そこで、原告主張の審決取消事由の当否について検討する。

1  原告は、紙巻たばこの自由燃焼速度は葉の種類、水分量、刻みの大きさ、添加剤等によって影響を受けるところ、引用例2には葉の種類等は全く明らかにされていないから、引用例2に、本件発明の要件である円周、充填密度を満たす紙巻たばこが、本件発明の要件である自由燃焼速度を示すことが具体的に記載されているとはいえない旨主張する。

確かに、紙巻たばこの自由燃焼速度が葉の種類、水分量、刻みの大きさ、添加剤等によって左右されることは十分に考えられるが、このことは本件発明が対象とする紙巻たばこにおいても全く同様のはずである。しかるに、本件発明の要件である自由燃焼速度が、葉の種類、水分量、刻みの大きさ、添加剤等を何ら特定することなく、単にその数値を「25~50mg min-1の範囲内」と限定することで足りるとされていることは前記のとおりである。したがって、所望の自由燃焼速度を得るように葉の種類、水分量、刻みの大きさ、添加剤等を決定することは、当業者にとって単なる設計事項にすぎないと考えられるから、引用例2から審決認定の自由燃焼速度を読み取ることに不合理はないというべきである。

2  また、原告は、本件発明の特許出願当時、円周が19mm以下の極細の紙巻たばこの商品化は不適切であると認識されていたから、引用例1及び2に接した当業者が円周が19mm以下の極細の紙巻たばこを創案する動機付けを得ることはありえない旨主張する。

しかしながら、引用例1には、審決認定のように円周が最小で15.7mmの極細の紙巻たばこが記載されている(原告も、審決のこの認定は争っていない。)。のみならず、本件発明の特許出願前に、円周18mmの「TEN CENT」が現に市販されていたことは原告が自認するところであるから、原告の上記主張は理由がないといわざるをえない。

なお、審決は、本件発明によるたばこの葉の利用効率が、従来の標準的な紙巻たばこによるたばこの葉の利用効率に比べて格別優れているとはいえないことを、TUEという概念を援用して説示しているところ、原告は、TUEという概念自体が原告の創案に係るものであるから、作用効果に関する審決の判断は後知恵である旨主張する。

しかしながら、仮にTUEという概念が原告の創案に係るものであるとしても、これを援用して、本件発明により得られる作用効果が、従来技術により得られる作用効果より優れているか否かを検証することには、何らの不合理もない。したがって、原告の上記主張も、審決の違法性を裏付けるものではない。

3  以上のとおりであるから、本件発明は引用例1及び2の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとする審決の認定判断は正当であって、審決には原告主張のような誤りはない。

第4  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理の申立てのための期間付加について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成11年4月6日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)

請求人は下記の理由により本件特許は特許法第123条第1項第3号の規定により無効とすべきものであると主張している。

(理由1)

本件明細書の記載は特許請求の範囲に記載されている数値について実施例の裏付けがなく、その技術的意義も明らかでないので、本件特許は特許法第36条第3項及び第4項に規定する要件を満たしていない。

(理由2)

本件発明は甲第1号証、甲第2号証、甲第3号証又は甲第5号証に記載された発明と同一であるから、特許法第29条第1項第3項の規定により特許を受けることができない。

(理由3)

本件発明は甲第1号証、甲第2号証又は甲第3号証と甲第5号証、或いは甲第5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

そして、請求人は上記主張を立証するために以下の証拠方法を提出している。

(1)甲第1号証「World Tobacco」1997年7月号第140頁~142頁

(2)甲第2号証 専賣局昭和12年3月1日発行、「専賣史」第1輯第2卷第438~447頁

(3)甲第3号証 西ドイツ実用新案第1926149号明細書

(4)甲第4号証 産業評論社1950年発行、仁尾正義著「煙草工業」第597頁、626頁

(5)甲第5号証 日本専売公社中央研究所、1981年発行、研究報告No.123、村松茂登彦著「紙巻たばこの自然燃焼における移動現象に関する研究」

(6)甲第6号証 甲第5号証のD.Jacksonによる英訳

Ⅳ.被請求人の答弁並びに証拠方法

被請求人は、上記請求人の主張はいずれも理由がないものであると答弁し、その答弁を立証するために以下の証拠方法を提出している。

(1)乙第1号証 3種の紙巻きたばこのたばこ軸長さとたばこ利用効率を示す概念図

(2)乙第2号証 M.R.French氏の供述書

(3)乙第3号証 R.B.Kreel氏の供述書

(4)乙第4号証 米国再発行特許RE、3615号明細書

(5)乙第5号証 TEN CENT紙巻たばこに関する実験室報告書

(6)乙第6号証 P.D.Case氏の宣誓供述書

(7)乙第7号証 J.H.Lauterbach氏の宣誓供述書

(8)乙第8号証 Recent advances in Tobacco Science 第4巻 第85~103頁(1978年)

(9)乙第9号証 H.R.Bentley氏の宣誓供述書

(10)乙第10号証 Combastion and Flame 第7巻第63~78頁(1963年)

Ⅴ.甲各号証の記載

本出願前頒布されたことが明らかな甲第1号証乃至甲第5号証には次の事項が記載されている。

(甲第1号証)

南アフリカにおいて販売されている「CRAVEN120」は、長さ120mm、幅5mm、フィルター長さ30mmのフィルター付きたばこであること(140頁中段参照)。

(甲第2号証)

明治大帝御料として6分巻口付巻紙煙草が製造されたこと(445頁参照)。

(甲第3号証)

紙巻たばこの紙筒の長さは6~8cmであり、直径が5~8mmであること、フィルター付き紙巻たばこは、前記紙巻たばこに1~2cmのフィルターをつけたものであること、及び図面にはたばこ軸と同じ幅寸法のフィルターを有するフィルター付き紙巻たばこが示されていること。

(甲第4号証)

下記の製品名の紙巻たばこの長さは74mmであり、その太さ、填充量目(一万本当たり)は以下の数値を有すること。

製品名 太(mm) 填充量目(kg)

ホープ 26 11.70

チェリー(太巻) 27 12.94

チェリー(細巻) 24 9.60

光 26 11.30

ゴールデンバット 24 9.38

暁 27 10.00

また、下記製品名の紙巻たばこの巻上徑は27mm、長さは70mmであり、填充量目は以下の数値を有すること。

製品名 10本當重量(g)

キャメル 11.15

ラッキーストライク 10.132

チェスターフィールド 11.852

(甲第5号証)

〈1〉「近年、喫煙と健康問題についての関心の高まりなどから、健康上好ましくない煙成分を低減した緩和な紙巻たばこ、すなわち「Saferたばこ」への消費者の要望が増大している。こうした市場要請に対応して、新フィルター、多孔性巻紙、さらには原料葉たばこの各種加工処理技術などが逐次開発実用化され、製品紙巻たばこは年々緩和化の方向にある。

こうした煙中の有害成分の低減法については、基本的には生成面での対応と、フィルターによる吸着やろ過に代表されるように生成後の対応とに大別されるが、有害成分を根本的に低減、除去するためには生成面での対応が特に重要と考えられる。」こと(10頁左欄下から14~3行参照)

〈2〉「本研究は明日のたばこ、すなわち「Saferたばこ」や「新喫煙素材」を開発するための基礎研究の一翼を担って、紙巻たばこの燃焼機構の解明を主目的とし、さらには、燃焼に関する種々の要因が燃焼速度、温度に及ぼす影響を系統的に評価することにより、燃焼コントロールの手法を引きだすことを目的とし、「紙巻たばこの自然燃焼における移動現象に関する研究」と題して行われた。」こと(11頁右欄下から8~1行参照)

〈3〉「本研究により紙巻たばこの自然燃焼機構、および燃焼に及ぼす種々のパラメータの影響が明らかとなり、明日のたばこ作りを目ざしたSaferたばこ新喫煙素材の開発、設計に資する多くの基礎知識を得ることができた。これらの知見に基づき、本研究成果のたばこ製造技術への具体的な応用例及び展望について下記整理して述べる。

---- 中略 ----

2.主流煙中のCOなどの低減を目的とした、一連の開孔紙巻たばこ(Ventilated Cigarette)の設計、商品化に際し、生成量が温度に依存することが明らかとなったCO低減の理論的な根拠として、本研究の成果の一部は活用されている。

---- 中略 ----

最近商品化されたジョーカー、パートナー、テンダーといった製品は巻紙やフィルターチップに開孔することにより、喫煙時の燃焼域への酸素の供給を制御することにより、燃焼量を低下させてトータルの煙濃度の低下を計ると同時に、燃焼温度の低下に伴うCOなどの有害成分を積極的に低減することを意図した新商品である。」こと(68頁「第10章」左下欄1行~右下欄下から5行目参照)

〈4〉自然燃焼時の紙巻たばこの酸化燃焼プロセスにおける移動現象の解析のために、二次元の酸化燃焼モデルが提案され、このモデルの数値解から予測された紙巻たばこの半径、刻みの充填密度、燃焼速度の関係は測定結果とよく一致すること、線燃焼速度(u)と質量燃焼速度(m)と半径(r0)と充填密度(ρp)との関係は

m/πr0=ur0ρp=constant (6-1)

で表され、充填密度一定の下では燃焼速度(質量燃焼速度)は半径に比例し、半径一定の下では燃焼速度は充填密度に依存しないこと、及び図の9-4には紙巻たばこの半径約2.8mm~5.2mmの間における半径と燃焼速度の関係が図示され、図の9-5には紙巻たばこの充填密度約0.2mg/cm3~0.33mg/cm3の間における充填密度と燃焼速度(質量燃焼速度)の関係が図示されていること。(57頁「9.1緒言」の項、62~65頁「9.4.2理論解と実測値の比較」の項参照)

〈5〉 たばこの刻み充填密度ρp、半径r0での間欠吸煙燃焼時の吸煙燃焼長Lpおよび非吸煙時燃焼長Lfとの関係を、実験結果に基づいて整理すると、

Lp=C1/r0ρp  Lf=C2/r0ρp(6-4)

で表され、ここでC1、C2はたばこの刻みの種類によって異なる実験定数であること、及びたばこのPuff Count(吸煙回数)Npは、全燃焼長をLとすると、

Np≒L/(Lp+Lf) (6-5)

と近似でき、この式と前式とより

Np=r0ρp{L/(C1+C2)} (6-6)

となること。(45頁「6.3.4充填密度、半径とPuff Countとの関係式」の項参照)

Ⅵ.当審の判断

(理由3について)

本件発明と甲第3号証記載の発明とを比較すると、後者のたばこ直径5~8mmはたばこ軸の円周15.7~25.1mmに相当するから、両者はたばこ充填材と被包紙とから成るたばこ軸部と更に該軸部と同じ幅寸法のフィルターを含む紙巻たばこであって、且つ重複するたばこ軸の円周を有する点で一致するが、後者にはその紙巻たばこの自由燃焼速度が25~50mg min-1の範囲内にあり、前記充填材の充填密度が150mg/cm3~350mg/cm3の範囲内にあることについては記載がない点で相違している。

しかしながら、本件発明の紙巻たばこにおける充填材の充填密度は、市販の甲第4号証記載の紙巻たばこ(これらのたばこの充填密度は上記データを使用して計算すると約233~294mg/cm3の範囲にある)や乙第3号証の添付書類(PROPERTES OF SOUTH AFRICAN CIGARETTES)に示されている紙巻たばこの充填密度を完全に包含するものであって、このような充填密度には格別の特徴を認めることができないものである。

また、甲第5号証の上記〈4〉の記載は自然燃焼時の紙巻たばこの二次元酸化燃焼モデルにおける質量燃焼速度と半径(円周)と充填密度の関係を述べたものであって、ここで「質量燃焼速度」とは、本件発明における自然燃焼速度を意味するものであるところ、そこにはBY-C2(黄色種、中葉-2、Cutter-2)試料たばこが、本件発明で規定する円周、自由燃焼速度及び充填密度の要件を満たすこと、即ち、9-4図には充填密度が259mg/cm3(この充填密度は従来の紙巻たばこの充填密度と同様なものであることは上述のとおりである)で、半径2.8mm~3.03mm(この半径は円周17.6~19mmに相当する)ものは、自由燃焼速度が25~50mg min-1の範囲内にあることを示すラインが具体的に記載され、且つ当該モデルにおける理論値は実測値とよく一致することが示されている。そして、フイルター付き紙巻きたばこは紙巻たばこの一種であり、甲第5号証の上記〈1〉~〈3〉の記載事項を見ても、甲第5号証はその研究成果をフィルター付き紙巻たばこに適用することを排除していてない。

従って、甲第3号証記載のフィルター付き紙巻たばこにおいて、9-4図に具体的に示された前記円周、自由燃焼速度及び充填密度を選択することは当業者が容易に想到し得たことである。

更に、本件発明の効果を検討すると、以下に述べるように本件発明は格別優れた効果を奏するもではない。

即ち、上記のように本件発明と重複する円周を有するフィルター付き紙巻たばこは甲第3号証に記載されているところであり、本件明細書の記載を見ても本件発明が当該たばこに比較してフィルター材料、パッキング材料が特に節約できるものと認めることはできない。

被請求人は本件発明の紙巻きたばこの利用効率(TUE)が優れている旨主張するが、紙巻たばこの利用効率は、たばこの喫煙回数Npをたばこ充填材の充填量で除したものであり、ここで、喫煙回数は上記式(6-6)により、

Np=r0ρp{L/(C1+C2)}

と表され、充填材の充填量Mtは吸殻として残ったたばこの軸長をL’で示すと、

Mt=π・r02・(L十L’)・ρp

と表されるから、

TUE=Np/Mt

=(1/r0)・{L/π(L十L’)(C1+C2)}

となり、L及びL’を固定すると、たばこの利用効率はたばこの軸半径に反比例することになるので、細巻きの本件紙巻たばこが従来の標準紙巻きたばこに比べて利用効率が優れるとしても格別の効果と言うことはできない。

従って、本件発明は甲第3号証及び甲第5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められる。

Ⅶ.むすび

以上の通りであるから、本件特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであって、他の理由を検討するまでもなく、同法第123条第1項の規定により無効とすべきものである。

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